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東京高等裁判所 昭和39年(行ケ)83号 判決

原告 高嶋荘志

被告 株式会社 松石南本舗

主文

昭和三十三年審判第五四九号事件について、特許庁が昭和三十九年五月三十日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告請求原因

(原告の商標)

一  原告は登録第五一九、七一六号の商標権を有するものである。右原告の商標は昭和三十二年六月十一日登録の出願がされ、昭和三十三年五月二日登録されたものであり、旧商標法施行規則(大正十年農商務省令第三十六号)第十五条に定める類別(以下「旧類別」という。)のうち第一類錠剤を指定商品とするもので、その構成および形状は別紙(一)記載の通り「しようなんじよう」および「松楠錠」の文字を二段に横書したものである。

(被告の商標)

二 被告は登録第五一二、三六一号の商標権を有するものである。

右被告の商標は昭和三十二年二月二十一日石川博美から登録の出願がされ、昭和三十三年一月十七日登録され、ついで昭和三十三年九月二十五日被告に譲渡され、同年十月二十日その旨登録されたものであり、旧類別第一類高血圧および腎臓病治療用の錠薬を指定商品とするもので、その構成および形状は別紙(二)記載の通りであつて、被告が右商標としてその指定商品に使用したものは、長方形輪廓の内部に画いた高い山岳の図形(薄青色)を背景にして中央部に大きく「松石南の精錠」の文字を縦書(松石南および精錠の文字には平仮名を附す。)にし、その文字の上には「高血圧」「腎臓病」の文字を二行に縦書にして冠し、右側上部には「深山高岳の採取」の文字を縦書に記し、下方部には「しやくなげ」様図形(葉は濃青色、花は桃色)と松の図形(濃青色)とを重合して配してあるものである。

(登録取消審判の手続経過)

三 被告は昭和三十三年十月二十四日右被告の商標を援用し、原告の商標の登録取消の審判を請求し(同年審判第五四九号事件)、その理由として、原告は、故意に、前記原告の商標をその指定商品である錠剤に使用するに際し、これに附記変更を加えて被告の商標に類似する標章とし、もつて被告の商標の指定商品と誤認混同のおそれを生じさせている旨を主張した。

特許庁は、昭和三十九年五月三十日被告の請求を容れ、原告の商標の登録を取消す旨の審決をし、その審決書謄本は同年六月二十五日原告代理人に送達された。

(原告の使用した標章)

四 被告が原告の商標の登録取消審判において指摘した、原告の使用標章の構成形状は、別紙(三)記載の通り、長方形輪廓内に画いた高山の図形(薄青色)を背景に(その上方の空の部分は黄色)、中央部には「しようなんじよう」という振仮名を付した「松楠錠」の文字を大きく縦書にし、その上には「高血圧」「腎臓病」の文字を二行に縦書し、さらにその上部には「治療と予防」という文字を横書にして冠し、右側上部には「深山の採薬」という文字を縦書し、下部には「しやくなげ」様の図形(葉は濃青色、花は桃色)と松の図形(濃青色)を重合して配し、その下、木蔭の部には「〈屋号省略〉ヤマト化学製剤所」の文字を挾んで、上には「家伝製造元」と、下には「長野県南安曇郡梓川村倭二〇一七」の文字を横書に付記したものであつて、右標章は容器の正面部に現わされたものである。

(審決の内容)

五 本件審決においては、被告の商標と原告の使用した標章とを対比して、

『両者は中央部の方名と目すべき、前者の「松石南の精錠」に対し(ふりがなつき)、後者の「松楠錠」に(ふりがなつき)おいて、いささか差異がないではないが、これとて後者は前者の主要部を抽出簡略化した略称とも見られる程度の相違にすぎないばかりでなく、その他背景をなす山岳の図形、下部の「しやくなげ」および「松」の図形、右側および上部の付記的文字および色彩の配合等、全体としての構図と文字の配置等において、多分に相通ずるものがあるから、なお両者は全体としての離隔観察上相紛れるおそれのある類似の商標というを相当とし、しかも両者の使用される商品も相牴触することは明らかである。』

と認定し、その標章の使用時期について、原告は被告の商標が登録された事実を認識するに至つてもなおかつ前記の原告の使用標章と同一のものと認むべき標章を使用しているとし、結局、原告の商標の使用は旧商標法第十五条にいう故意に基づいた不正使用(原告の登録商標に付記変更をして使用するもの)といわなければならないと認定した。

そして、さらに、原告が右審判手続において抗弁として、「松石南の精錠」という商品の名称は原告の父高嶋真金が、被告の前身石川美徳とともに昭和十三年以来使用してきたもの、その図形、すなわち山岳の図形および「しやくなげ」と「松」の図形もまた「松石南の精錠」に、効能顕著な深山に繁生する「しやくなげ」と「松」を原料として使用することを現わすため、原告が永年使用して来たもので、原告が、原告の商標の権利行使に名を藉りて突然これを使用し、被告の商標に近接させて、その権利を侵害しようとするものではなく、全く善意の使用に外ならない。しかも、原告は、被告の商標が登録された事実を知るや、直ちに前記標章を付した容器の使用を停止している旨主張したのに対し、審決は、原告使用の標章が、被告の商標登録ののちも使用を継続しうるほど(旧商標法第九条所定の商標)取引者需要者間に広く認識されていたとは認められないとし、

『すくなくとも被請求人(原告をさす。以下同じ。)が請求人(被告をさす。以下同じ。)の引用する商標登録の事実を知るに至つた後はその標章の使用を廃止すべきである。ところが上記認定のように、なお依然として被請求人においてこれと同様な標章の使用をあえてしていた事実が………認められ(被請求人もこの事実を認めるように)、そしてまた、それが昭和三十三年度に仕入、購入した商品の残品(約二年後)であるとするが如きことも、この種商品に関する取引の実験則に照らして到底これを認めうるところではない。』

として前記抗弁を排斥したのである。

(審決取消を求める理由)

六 しかしながら、本件審決は事実認定及び判断に誤りがあり違法であるから、取消されるべきである。その違法事由は次のとおりである。

(一)  原告使用の標章と被告使用の商標とは混同誤認を生ずるものではない。

すなわち、原告使用の標章は、「しようなんじよう」との称呼をもつて取引され、被告の商標は「しようせきなんのせいじよう」との称呼をもつて取引されるもので、両者は区別することができ、誤認混同を生ずるものではない。

(二)  原告が、前記標章を使用するに当つては故意はない。

原告が前記標章を使用したのは被告の商標が登録された事実を知る以前であつて、故意に使用したものではない。

原告の使用した標章において「松楠錠」および「しようなんじよう」の文字以外の長方形輪廓内に高い山岳の図形(薄青色)を背景に画き、その上方の空の部分は黄色となし、「高血圧」「腎臓病」の文字を二行に縦書し下部にしやくなげの図形(葉は濃青色花は桃色)と松の図形(濃青色)を重合した図形を配した点は、すでに原告が「松石南の精錠」を製造し被告が販売していた当時から使用してきたものであつて、深山高岳で採集した石南と松とを原料に使用したことを示すため用いたに過ぎない附飾であるから、これによつて原告が被告の商標に近似させて被告の商品と誤認混同を生じさせようとする意図を有していたものでないことは明らかである。

原告が前記標章を使用するに至つた経緯について詳述すると、被告代表者石川博美の父石川義徳と原告の父高嶋真金とは、同じ長野県南安曇郡の近接した村の出身であつて、親しくつき合つていたが、売薬製造免許をうける資格をもつ薬剤師の高嶋真金は昭和十三年四月一日、「松石南の精素」という方名の売薬製造免許をうけ、さらに昭和十四年九月十五日「松石南の精錠」という方名の売薬製造免許をうけてこれを製造販売し、石川義徳はその請売を行つてきたが、両名はその事業を共同で経営するため協議の上石川義徳の名義をもつて昭和十六年一月二十九日「松石南」という商標の登録出願をし、昭和十七年二月十日第三四九、九一七号をもつてその登録をうけた。その後原告も経営に加わつたが、戦中戦後における企業の統合等の変遷を経て、昭和二十五年一月統合前の営業者であつた原告に営業権が返還されたので、改めて原告から公定書外医薬品製造許可をうけ、「松石南の精錠」を製造許可をうけ、「松石南の精錠」を製造発売し、昭和二十五年五月までは、石川義徳および石川義昌(被告代表者の兄)の経営する医薬品請売業者であるグランド社に販売し、その後は被告代表者である石川博美にこれを供給していた。

しかるに、昭和三十二年五月、原告製造発売のものの原価が高いという理由で石川は「松石南の精錠」と類似の商品である「石川松石南の精錠」を他から仕入れて販売することとし、原告との取引を中止した。ところが、かねて登録の第三四九、九一七号「松石南」の商標は石川側の単独名義となつていたため右取引中止の際被告代表者から原告に以後はその使用をしないようとの申出でがあり、原告としては心外ではあつたが争いを避けるため、新たに前記の通り「松楠錠」という商標の登録を出願し、またそのころ「松楠錠」についての製造許可を申請し、昭和三十二年十月二十八日その許可を受け(厚生省長薬第九七〇五号)、その発売をするに至つたものである。

被告は「松石南の精錠」の製造の免許を有しないから、その免許を有する高嶋真金および原告の製品を請売していたものであり、しかも高嶋真金および原告は「松石南の精錠」の製造発売者としてこれを被告以外の何人に販売しても差支えない立場にあるにもかかわらず被告が主張しているように高嶋真金および原告は他にこれを販売したことなく、前記石川義徳らのみに限定して販売していたことは、原告らが右石川らとその販売につき損益計算において対等の権利義務なく、また、登録した商標「松石南」および同「まつしやくなげ」について共有にしていなくても、「松石南の精錠」の営業を共同して行つていたと考えるのが相当である。

(三)  原告使用標章は原告が被告側の本件商標登録の事実を知つたのち、その使用を廃止している。

本件審決は、原告使用の標章を付した商品が昭和三十五年四月九日松本市内クボタ薬局において販売された事実を捉えて、原告がなお右標章を使用している事実ありと認定したが、右はたまたま昭和三十三年中に仕入れた残品であるにすぎず、原告はすでに被告側の商標登録の事実を知つたのち直ちにその使用を停止しているのである。

原告が前記標章を使用した商品は昭和三十二年末から昭和三十三年にかけて見本として四十五個を作り「松楠錠」として自から販売する計画を立て、そのころ、松本市内クボタ薬局に十二個、同市内藤森三平商店に十二個および同市内マスニ薬局に六個を見本として納入販売したが、前記のように原告の商標の登録取消審判が特許庁に係属し、被告から昭和三十四年九月七日付弁駁書の副本が送達されて、被告の商標が登録されている事実を知つて、その標章の使用を中止したのである。従つて原告が被告側の本件商標の登録の事実を知つて、故意に原告の商標に附記変更をし、これを使用した事実は存しない。

第三被告の答弁

一  原告請求原因一から五記載の事実は認めるが、その余の主張は争う。

二  原告の主張に対する被告の反論は次の通りである。

(一)  原告使用標章と被告の商標とは誤認混同のおそれがある。

原告はその両者の称呼を異にする点を捉えて、区別可能であると主張するけれども、両者の構成の全般的態様すなわち、図形表現の位置ならびに地色および山岳と「しやくなげ」の図形に加え、この山岳と「しやくなげ」に施された色彩などを綜合して観察するときは、両者はきわめて酷似しているというべきである。

(二)  原告は被告の商標が使用されていることを充分知りながら、原告の商標をその使用する標章の通り変更して使用したものである。

しかも、旧商標法第十五条にいう「故意」とは、他人の営業を妨害し、もしくは商標権を積極的に侵害する意思を必要とするものではなく、他人の商品に使用されている商標のあることを知るをもつて足りるのであるから、本件についても故意あることは明らかである。

原告は、被告代表者石川博美の父石川義徳と原告の父高嶋真金とが共同事業をしていた旨主張するが、石川義徳は高嶋真金に製剤をさせたことがあるに止まり、共同して営業したことはない。「松石南」の商標を使用したのは石川義徳であつて、高嶋真金は同人の依頼に基づいて包装函に商標を表示した紙を貼付しただけであつて、高嶋真金自らのためにする目的をもつて商標を使用したのではないのである。

石川義徳はグランド社の名義をもつて被告の商標と同一の標章を包装箱の正面に付した商品錠剤を販売していたのに対し、高嶋真金は、その販売をした事実はなく、もつぱら石川義徳に納入するために製造していたにすぎない。

(三)  原告は、原告の前記標章を使用した商品は四十五個製造し、そのうち三十個が販売されたにすぎない旨主張するが、右標章を付した包装箱は、その性質上着色印刷であつて営業用のものであるから、その使用個数がわずか四十五個であることは社会通念上考えられないところである。

のみならず、旧商標法第十五条の法意は、商品の誤認もしくは混同を生じさせるおそれのある付記変更による使用の事実に対して商標権者を制裁するものであるから、数量の多少をもつてその責任を免脱されうるものではない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  原被告の有する登録商標およびその構成形状、特許庁における手続経過、原告使用標章の構成形状、被告商標の使用の態様ならびに審決の内容に関する原告請求原因一から五までの事実は当事者間に争いのないところである。

二  そこで原告の主張する審決取消事由について判断する。

先ず原告が使用する標章について、その使用開始に至る経緯をみるに、その成立に争いのない甲第二から第四号証の各一、二、甲第五、六号証、甲第七号証の一、二、甲第八号証の一から四、甲第九から第十一号証および乙第四号証の各記載ならびに弁論の全趣旨を総合すると、「松石南の精錠」という名を冠した高血圧腎臓病治療用の錠薬は古くから原告の父高嶋真金がその製造免許を得て、これを製造し、被告代表者石川博美の父石川義徳及び后は同人らの経営するグランド社が一手に販売していたが、「松石南」および「まつしやくなげ」の名を用いた登録商標は石川義徳がその権利者として登録されていたこと、戦後においても、原告は父の事業を引継ぎヤマト化学製剤所の名を用い、原告の得た製造免許によつてこれを製造し、被告の前身である石川博美の経営する松石南の精錠本舖に供給し、石川博美はこれを一手に販売していたこと、そしてこの間商品「松石南の精錠」の包装箱の正面には、後に登録された本件被告の商標と全く同一の構成形状の標章を用いていたこと、しかし、昭和三十二年春ころ、原告および石川博美間において相互の意思の疎通を欠くに至り、それぞれ別個に、営業を行うようになり、石川博美は昭和三十二年二月二十一日、これまで「松石南の精錠」の包装箱の正面部に用いられていた標章を自己の商標として登録すべくその出願をし、昭和三十三年一月十七日その登録を得、ついで被告が設立されたのちである同年九月二十五日この商標は被告に譲渡され、同年十月二十日その登録がされたが、その営業は、他の製造業者から仕入れた商品を販売するようになり、一方原告は昭和三十二年六月十七日「松楠錠」の商標を登録すべく出願するとともに、同月二十五日「松楠錠」についての製造許可の申請をし、(前者は昭和三十三年五月二日登録され、後者は昭和三十二年十月二十八日にその許可があつた。)自ら製造した商品に「松楠錠」の名を冠して自から販売に乗り出したが、その際包装箱の正面には、従前から使用していた標章のうち背景に用いられていた図形の下部にあるしやくなげと松の配置を代えたほかは大体そのままを用い、右の「松楠錠」の文字を正面に大きく記した前記標章を用いたものであること、の各事実を認めることができ、ほかに右認定に反する資料は見当らない。

三  以上の事実関係のもとにおいて、商品「松石南の精錠」は、原告(先代を含む。以下同じ。)が製造したものをすべて被告代表者石川博美(先代を含む。以下同じ)に納入し、石川側がこれを一手に販売していたものであるが、あらゆる資料を検討してみても、この商品が右双方のいずれかの一方のためのみのものとして扱われていること(したがつて、他方が全く従属的立場にあつたこと)についてはこれを認めるに足りないので、この双方の関係が法律的に見て共同営業のものであるかどうかはともかくとして、被告の商標として現に登録されている標章も元来は石川側だけのものと考えられていたものではなく、双方共用のものとして使用されていたものと認定するのが相当である。

もつとも、右の標章のうち「松石南」の文字については被告の代表者石川博美の父石川義徳の名義をもつて商標として登録されている事実はあるが、原告が自己の名義で製造免許を得ていること、包装箱あるいはチラシにおける原告および石川側の表示方法においてもいずれの一方のみが大きく扱われているような点もないこと(甲第九号証には、製剤責任者高嶋真金、一手代理店グランド社と記載されている。)等と対比すると、この事実をもつて前記認定を覆えす資料とするには足りない。

このように考えてくると、原告が石川博美との関係を絶ち、石川とは独立に事業をするに当つて、自己の製造販売する商品の包装箱に、従前使用のものと殆んど同一模様のものを使用したのは、元来自己においても使用していた標章を大体そのまま使用したまでのことであつて、他人の標章を使用する意思は毛頭なく、ただ「松石南」の商標権が名義上は石川側のみに存し、石川側からその使用の禁止を求められたので、自己において登録した「松楠錠」の薬品名を、従来の「松石南の精錠」の文字に変えて該標章の最重要部分である中央部に大きく記載して、石川側の商品との区別をつけようとしたものであるから、仮りに、本件において問題とせられる双方の標章が、その全体から見て誤認混同のおそれがあるとしても、これをもつて原告が旧商標法第十五条所定の故意をもつて、本件原告の商標に前記のような付記変更をしたものとは到底これを認めることはできない。

もつとも成立に争いのない甲第一号証及び第十二号証によれば、原告の本件標章を付した商品一個が昭和三十五年四月九日松本市の中央堂クボタ薬局において販売せられた事実があり、この事実をとらえて審決は、被告側の本件商標登録後においても原告はなお前記の標章使用を止めなかつたものと認定し、右商品は昭和三三年度において前記薬局の仕入れたものの残品であるとの原告の主張については、かようなことはこの種商品に関する取引の実験則から見て到底認められないところと判断しているのである。しかし成立に争いのない甲第十三号証及び証人窪田光彦の証言に本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、原告は前認定の石川博美との関係断絶後その製品の容器箱に使用すべく、原告の本件標章を印刷した用紙三千五百五十個を用意したのであるが、右のうち現実にこれを使用したのは昭和三十二年末より昭和三十三年にかけて「松楠錠」の商品見本を入れた四十五個のみであり、しかも右期間中これを販売したのは松本市内の薬局三軒に合計三十個のみであつて、前記のクボタ薬局において販売のものは、同薬局が昭和三十三年五月中旬頃に原告から仕入れた十二個中の一個であること、及び原告が右標章のものを印刷作成ないし販売した頃には、原告はまだ本件被告側の商標登録の事実はこれを知らず(甲第六号証の審判請求書にも右登録の事実についてはなんらその記載がないこと参照)、その後右登録の事実を知つた後は全く右の使用を止めた事実を認めることができ、他に右認定を左右すべき資料はなんら存しない。従つて原告が、被告側の本件商標登録後に本件原告側の標章を使用した事実は、たとえ少量とはいえ、これを否定すべくもない事実であるが、原告の右標章使用当時、原告が被告側の本件商標登録の事実を知らなかつたこともまた事実であるから、右原告の標章使用の事実もまた旧商標法第十五条所定の故意の付記変更ないしその使用と認めることはできない。

四  以上の通りであるから、原告の本件標章使用の事実をもつて旧商標法第十五条第一項に該当するものとして、原告の商標を取消すべきものとした本件審決は違法として取消を免れない。

よつて、本件審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 古原勇雄 田倉整)

別紙(一) 原告の商標〈省略〉

別紙(二) 被告の商標〈省略〉

別紙(三) 原告使用の標章〈省略〉

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